3つの主要な効果(増粘)
おそらく多糖類の最も基本的な機能である増粘は、読んで字のごとく「粘度を増す」、つまり液体をとろりとした液にする機能のことです。
極端な例えですが、動画の様な「ウスターソースに多糖類を加えれば、とろりとしたトンカツソースに変身」させることができる重要な機能です。 ただ、各種の多糖類がそれぞれ特長的な粘性を持っているため、用途に合わせた使い分けが必要となります。 ここで、使い分けを考える際の重要なポイントである「とろみ」の評価指標でもある粘度に関して、簡単にご説明します。
粘度とは
粘度とは液体のとろみの強さ、溶液の流れにくさを表す指標です。 まずは下記の動画をご覧ください。板の上にハチミツと水を置き、板を傾けたときの様子です。見やすいように水は着色しています。
板を傾けることで水は素早く流れますが、同じ傾きではハチミツはゆっくりと形を変えただけです。このとき、ハチミツの方がとろみが強いと簡単に判断できますが、「どのくらいとろみが強いのか?」といった数値的な判断はできません。
そこで、粘度という指標を測定することで、様々なとろみの特性を表現します。 粘度の測定には様々な道具が使用されますが、基本的には測定したい溶液に一定の力をかけて、溶液の変形に対する特性値を測定しています。JISで規格されている粘度測定方法を以下に示します。
上記のうち、一般的によく使用される粘度計としては、回転式粘度計が挙げられます。非常に幅広い範囲の粘度を容易に測定できるため、さまざまな分野で使用されています。
その他にも振動式の粘度計やカップ式の粘度計があり、用途に合わせて使用されます。粘度の測定の際に重要なのは、測定の際にかける「一定の力」です。上述した回転粘度計であれば、回転数(回転速度)であり、水とハチミツの比較であれば、板を傾ける角度を指します。では、なぜこの力が重要なのか?それは、この力によって得られる粘度値が大きく変化するからです。
粘性の違い
粘度値の変化:ハチミツとマヨネーズの場合
次はハチミツとマヨネーズを比較してみましょう。 ハチミツとマヨネーズをコップに入れて傾けた場合、ハチミツは流れ出しますが、マヨネーズはなかなか流れることはありません。このとき、マヨネーズの方がとろみが強いということが分かります。しかし、この2つの液体をコップの中でスプーンを使ってかき混ぜる場合には、マヨネーズは比較的簡単に混ぜることができますが、ハチミツをかき混ぜるにはかなり力が必要になります。これは、マヨネーズの粘度が、かける力によって変化しているために起きる現象で、コップを傾ける程度の弱い力では高い粘度を示すのに対し、かき混ぜるような強い力では低い粘度を示します。
一方で、ハチミツはかける力によって粘度がほとんど変化しません。 このような、与えられた力に関わらず一定の粘度を示す性質を「ニュートン流体」、与えられた力によって粘度が変化する物性の総称を「非ニュートン流体」、その中でも力を加えることで粘度が低下する性質を「シュードプラスチック性」といいます。また、それとは逆に力を加えることで粘度が増加する性質を「ダイラタント」といい、50%濃度程度の片栗粉分散液などがこの性質を示します。
粘度値の変化
この他にマーガリンのように一定以上の力を加えるまではまったく動かないものを動かすために必要な力を「降伏値」といい、降伏値以上の力をかけた場合にニュートン流体の性質を示すものを「ビンガム流体」、降伏値以上の力がかかった場合に、力によって粘度が変化する液体を「非ビンガム流体」といいます。
特長的な特性を示す多糖類
シュードプラスチック性が顕著に現れる多糖類として挙げられるのがキサンタンガムです。弱い力のときには粘度が高く、力が強くかかることで、粘度が非常に低くなります。この性質は、乳液やクリームなどの化粧品に使用した際に、静置している保管中は高い粘度を示すので、乳化状態の安定化や、懸濁させている固形分を分散したままで安定化し、保形性の向上に効果を発揮します。
しかし、保管している容器を振ったり、注ぎだす際には粘度が低下して溶液が流れやすくなります。さらには、手や指に溶液を取った際には外力がなくなることで再び粘度が上昇し、不用意に流れ落ちてしまうことが起きず、肌などへ塗布する際には再び粘度が低くなり、ネバネバ感を感じにくくなるという、非常に都合の良い効果を発揮するのです。
シュードプラスチック性の高いキサンタンガム
一方で、ニュートン流体の性質を示す多糖類として代表的なものはタマリンドシードガムです。この性質は与えられた力に関わらず同じ程度の粘度を示すため、澱粉のような非常に自然なとろみをつける用途に適しています。また、この特性は濃厚感の付与やべたつきの少ないテクスチャーを作るなどの用途に適しています。
このように溶液の特性によって測定で得られる粘度が変化することから、粘度を測ったり比べる際には、「どのような力を加えているか」を確認することが重要です。 上記の例でもそうですが、力が弱い場合にはキサンタンガムが最も高い粘度を示しますが、力が強くかかった場合にはキサンタンガムの粘度が最も低くなってしまいます。
キサンタンガム溶液とタマリンドシードガム溶液
共に同じ瓶の中に溶液を満たし、液体の動きがわかりやすくなるように色つきのチップを浮かべています。そこでシュードプラスチック性を示すキサンタンガムの溶液を見ると、動かす前はすべてのチップがその場にとどまって動きません(粘度:高)が、瓶を回すことで動き出します(粘度:低)。その後、瓶を動かすことをやめるとすぐにチップがその場にとどまろうとすることから、液がきゅっと急ブレーキをかけたような挙動を示します(粘度:高)。
一方、ニュートン流体を示すタマリンドシードガムの溶液を見ると、瓶を動かす前からチップは若干動いており(粘度:中)、瓶を回すとその方向へチップも動きます(粘度:中)。その後、瓶を動かすことをやめた後も、チップはすぐには止まらず、しばらく動き続けます(粘度:中)。このように、多糖類の特性の違いによって、液体は異なる粘性を示します。
チキソトロピー性とシュードプラスチック性
インク、塗料などの分野でよく使用される物性としてチキソトロピー性が挙げられます。これは、非ニュートン流体の特性の1つで、攪拌などの力を加えることで粘度が低下する性質となり、シュードプラスチック性と類似の物性になります。チキソトロピー性とシュードプラスチック性の大きな違いは、チキソトロピー性には「時間の概念」が加わることが挙げられます。
例えばチキソトロピー性もシュードプラスチック性も、加わる力の増加に従い粘度が低下します。シュードプラスチック性は加えた力によって粘度が低下する性質ですが、チキソトロピー性は力をかけるのをやめた場合に、もとの粘度に回復するまでに一定の時間が必要になります。つまりチキソトロピー性を示す液体をかき混ぜると、しばらくは低い粘度を示し、静置しておくことで徐々に粘度が回復します。
この特性はインクや塗料、接着剤でよく利用されており、塗布前にかき混ぜる、ハケ等で伸ばす(力を加える)ことで粘度が下がって塗りやすくし、塗った後には粘度が回復(力が加わっていない)して塗料がたれ落ちにくくなります。粘度の回復には溶液全体の構造回復がポイントになるため、容器に入った状態でかき混ぜた際には液量も多く、構造回復に時間がかかるので低粘度で塗布することができ、塗布後は一般的に薄く塗られることが多く、少量であることから素早く構造回復することで粘度が回復し、垂れ落ちにくい効果が発揮されます。
もともと、チキソトロピー性は、「振とうするなどの操作で液化し、時間の経過と共に再度固化する」ような、ゾル(液体)・ゲル(固体)の概念に対して提案されていた用語でしたが、対象となる現象や捉え方が拡張されていった経緯があり、近年では上述のように液体に対しても使用されています。そのため、「液体にかかる力の増加に従い粘度が低下」する現象の粘度低下幅の大きさを表現する際に「チキソ性が強い」や「シュード性が強い」などのように混同して使用されているのが現状です。
概念的には「液体にかかる力の増加に従い粘度が低下」する性質をシュードプラスチック性といい、その中で「時間の概念」が加わった性質が現在のチキソトロピー性の一般的な特性とされています。つまり、前述した塗料の性質もかき混ぜることで粘度低下しているため、シュードプラスチック性があると示しても問題ありませんが、実際には塗料のような分野ではチキソ性があると表現されることが多く、一般的に用いられています。
では、「時間の概念」とはどういった評価が行われるのでしょうか?チキソトロピー性を評価する際によく用いられる指標としては、ヒステリシスループの測定とTI値(チキソトロピーインデックス)が一般的で、粘度(構造)の回復速度が評価されることもあります。それでは、代表的な2つの評価手法を見ていきましょう。
ヒステリシスループの測定
この手法は、日本工業規格(JIS)でも用いられているチキソトロピー性の評価手法で、回転式粘度計を使用して測定されることが多く、「力を加えている間は粘度が低下し、その力を止めると時間の経過とともに粘度が回復する」というチキソトロピー性の性質を簡便に評価することができます。回転式粘度計を使用する場合には、回転速度(せん断速度)を一定速度で上昇させながら粘度(せん断応力)を測定し、再び回転速度を下げながら粘度を測定します。
得られた流動曲線では、回転速度上昇時の粘度(せん断応力)波形と回転速度下降時の粘度波形が重ならず、下記図のように差が生じます。このような曲線はヒステリシスループと呼ばれ、このループ内の面積(下記図中で黄色くなっている箇所)が大きな方がチキソトロピー性が強いと評価されます。この際、回転速度の上昇時間や回転数に決まった数値はありませんので、条件を確認することが重要です。
せん断速度回転数 ヒステリシスループの一例(左:縦軸を粘度、右:縦軸をせん断応力)
一般的に、チキソトロピー性を評価する際には、せん断速度―せん断応力の関係図から算出されることが多いのですが、今回は便宜的に横軸を回転式粘度計の回転数とし、縦軸を粘度で作成したグラフも記載しています。
TI値
回転式粘度計で測定した粘度値を使用して数値を算出する手法で、2つの異なる回転数で得られた粘度値の比を求めます。回転数Aの粘度/回転数Bの粘度として算出し、得られる数値が1以上になるように比を取り、回転速度はA:B=1:10程度になるように設定されることが多いのですが、決まりはありません。厳密な意味ではチキソトロピー性の性質とは異なる評価ですが、この数値が大きな方が「チキソ性が強い」と評価されることもあり、同様にシュードプラスチック性の評価にも使用されます。
評価方法の中でも触れましたが、シュードプラスチック性とチキソトロピー性は非常に類似した性質を示し、その意味を混同して使用されることが多い用語です。特にチキソトロピー性は、加えた力で粘性が変化し、粘度の回復に時間が生じるため、評価する液体の準備方法や評価手法によって得られる粘度値が異なることから、数値を比較する場合にも測定条件などを確認することが重要です。
また、一口に「チキソ性が強い」といった場合にも「加える力を増加させた場合に粘度低下幅が大きい」などのシュードプラスチック性と同様の評価で話す場合もあります。一方で、構造回復に時間がかかるため、低下した粘度が元に戻るまでの時間が長い場合にも「チキソ性が強い」と表現されることもあるため、どういった状況のいかなる現象を指しているのか確認することが必要です。
増粘の秘密
多糖類はなぜ増粘する効果を発揮するのでしょうか。その秘密は多糖類の構造にあります。
多糖類は大量の単糖がつながった構造をしており、種類によってその結合の仕方、分子量が異なります。しかし、基本的な分子形としては棒状のものが多く、溶液中で回転した際に広い範囲を占め、抵抗も大きく、溶液の運動性の妨げとなることが、粘性となって現れます。
一般的には分子量が大きいほど、その濃度が高いほど妨げる作用が大きくなるために、高い粘度を示す傾向にあります。このとき、直鎖状や側鎖状の分子の多くは棒状で溶液中に存在し、一定以上の濃度では自由に回転できず、互いの弱い相互作用により安定するといわれています。
しかし、この液に力を加えていくと、ある一定の限界値を超えたとき、固い棒状になっている分子が一定方向に並び粘度が低下するため、多くの場合シュードプラスチック性を示します。一方で、分枝が多く球状で存在する分子は、占める体積も小さく、分子同士の相互作用も少ないため、粘性は低い傾向にあり、ニュートン流体の性質を示すことが多いといわれています。
どんな多糖類を使えば良いのか?
まずは、多糖類を添加する濃度と粘度です。右図は主要な多糖類を様々な濃度で溶解した際の粘度を比較した結果です。1%の試料濃度ではグァーガムが最も高い粘度を示し、アラビアガムは最も低い粘度を示します。しかし、0.1%程度の低濃度側を見ると、キサンタンガムが非常に高い粘度を示すことが分かります。
このように粘度は試料の添加濃度や種類によっても大きく変動するため、使用する目的や濃度による粘度変化も考慮して選択する必要があります。
しかし、多糖類は粘度が高ければよいというものではなく、使用する目的にあった粘度特性を選択する必要があります。右記の図の通り、アラビアガムは高濃度を添加した場合にもほとんど粘度を発揮せず、非常にサラサラとした液のままです。これは言い換えると、高い濃度にしても比較的粘度の低い溶液が調製できるということです。そのため、増粘以外の効果を求める場合には適しています。事実、アラビアガムは乳化の安定化や結晶析出の防止、皮膜剤などの用途に広く使用されています。
また、粘度の強さの違いやニュートン流体やシュードプラスチック性の違いは、食べる際のテクスチャーの違いや手に取った際の肌触りにも影響します。
例えば粘度の特性が大きく違うキサンタンガムとタマリンドシードガムは、テクスチャーにおいても非常に大きな違いを示します。シュードプラスチック性を示すキサンタンガムは、喫食時には高い粘度を示すため強い口当たりを感じ、口の中ではそれほど力がかからないためやや粘つくようなテクスチャーとなりますが、飲み下す際には強い力がかかり粘度が大きく低下したテクスチャーとなります。
一方、ニュートン流体であるタマリンドシードガムは口に入れた瞬間から飲み込むまでに粘度が変化せず、非常に濃厚感のあるテクスチャーを演出します。また、肌などへ塗布する際にもキサンタンガムは粘度が低下することで滑らかで均一に塗り広げることができます。ニュートン流体であるタマリンドシードガムの場合には、曳糸性の低い濃厚感のあるテクスチャーとなります。
このように、多糖類を使って増粘した場合にも、種類によってそのテクスチャーは異なりますので、目指す製品に適した多糖類を選ぶ必要があります。
その他には、それぞれの多糖類が持つ様々な耐性(耐酸性、耐塩性、耐熱性など)や特長的な物性(テクスチャーや肌触り、糸曳き、相乗性など)を考慮して選択することが重要となります。また、粘性の増加により多糖類を加えた溶液の保形性や結着性付与、付着性の増加、コク味や脂肪感の付与などの効果も望めるため、最終的な製品に求める機能に合わせた多糖類の選択が重要となります。